AIR animal
どうぶつを かく
about
はじめまして。こんにちは。絵描きです。
物心ついたら、そのときはもう絵を描いていました。
私の、一番古い時の記憶から、語らせていただきます。
(もうその頃には絵を描いていたんですが。)
もともと、体が弱く、月に2回くらいは小児科にいっていました。
周りの子供たちは、待合室を歩き回ったり、絵本を読んだり、積み木をしたり、という中で、私はおとなしく座って周りを見渡している子でした。
友達になろうとか、一緒に遊ぼうとか、全く考えませんでした。
おそらく15分かそこらへんでしょう、だんだん暇になって来ました。
そんな時、母親がボールペンとメモを持っていたのです。
暇になると親と陣取りゲームをしていました。
だんだん埋まっていくメモ用紙。
全部埋まると、それに落書きをして遊びました。
病院から家に帰り着くと、大きな落書き帳があって、そこによくアニメのキャラクターを描いていました。
小学校の美術の授業で、ちょっと大人受けするような絵のうまい子がいて、
私はよくその子と絵描き合戦みたいなことをしていました。
おそらくその頃に絵の基礎も身についたんだと思います。
ある時、先生が言ったんですが
「Aを描いてと言ったらAしか描かないから、余白が大きすぎる、と。」
私にはそれが衝撃的でした。
「Aしか描いちゃいけない」と思っていたからです。
それからというもの、A以外のものも細かく描くようになりました。
期日を過ぎても、ひたすらカリカリと描き、気がつけば専門学校。
色々な技法を習ったんですが、幼少期に私が編み出した独自の表現方法はなく、水彩画でもないし、ペン画でもないし、洋画でもない、謎の絵のジャンルになりました。
(展覧会では日本画って言いました。)
卒業して、10年くらい絵を描かずに、会社に行っては家に帰り着き、疲れ果て眠る日々が続きましたら、謎の体調不良になり、やっぱり私は絵を描かないと生きていけないんだなと痛感しました。
再び絵を描き始めた時、動物園に遊びに行く話が湧き上がり、動物を見ていましたら「檻の中で、好きなことやってるだけなのにカメラを向けられるほど人気のある動物たち」が「自由に生きる」ということを、会社で凝り固まった私に教えてくれたような気がしまして、それ以来、動物園に行ったり、海外の動物を見たりして絵を描いております。
動物の絵を描いていましたら、いろいろグッズにしたくなる衝動に駆られまして、最近、ちょくちょく絵をグッズにして売っております。